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真の貴族とは、ノマドであること

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サンフランシスコのDe Young(デ・ヤング)美術館でふらふらとアートを見ていたのですが、展示されている作品の合間に、素敵な言葉を見つけて思わず見入ってしまいました。展示されていたのは、アナトリアキリム。現在のトルコ東部に位置する、アナトリアと呼ばれた地域で、遊牧民が敷物として編んだ織物です。織物はお金に変えたり、家紋としても使われていたもので、カラフルで美しい柄は今でもデザインのモチーフとして見る事が多くあります。そんな美しいキリムと共に掲げてあった言葉がこちら。

"True aristocracy is being a nomad; those who settle lose thier lineage." Yoruk Proverb
「真の貴族とは、ノマドであること;定住する者は血筋を失う」ーユリュック族のことわざ


 この、アナトリア地域で生活していたのは東西移動しながら生活したユリュック族と呼ばれる人達です。ユリュックとはアナトリアで遊牧民のこと。このことわざから、彼らが誇りにしていたのが、移動しながら暮らすノマド(=遊牧民)の生活であったことが分かります。つまり彼らは遊牧民であることで、住む場所を常に変え、物事を学習し、それに適応しながら生活することが家系のルーツであった。それは学びの多い真の貴族とも言え、定住してどこかに落ち着いてしまう人は、その学習や適応という家系のルーツを失ってしまうという事でしょう。

■ノマドの意味

 日本では「ノマド」という言葉をITジャーナリストの佐々木俊尚さんが広め、さらに時代感にぴったりだったというのもあり、独自の意味合いに発達しています。ノマドとはもともと遊牧民の事ですが、佐々木さんも「はっきりとした定義はなくていい」と仰っていますし、独自の和製英語として使っていけばいいのではないかと思っています。
 
 ユリュック族のことわざを読んで、是非彼らの遊牧民の意味合いも自分の「ノマド」の意味合いに加えたいなと思いました。私たちも仕事や、住む場所、組織やグループに同じ形で長く留まれば、何か新しいものを見ることを忘れてしまいがちになります。例えばそれが文化や私たちのルーツを知る事の妨げになることもあると思うのです。つまり、どこかに務めているとかフリーだというのではなく、旅に出たり、惰性でやっていることから脱却することで、物事を新しい側面から見る事ができること。旅に出て、自分の文化を知り、新しいやり方で物事を見てみることで、そのものの本質を考えるようになるといったことと共通すると思います。

 季節や土壌によって生活用具と共に移動するユリュック族の生活は過酷だったと想像できます。しかし多くを学び、適応してきたからこそ遊牧民は豊かな文化を持つ、本当の貴族なのだと言えたのではないでしょうか。

※写真はDe Young に展示のアナトリアキリム
De Young美術館のアナトリアキリムの展示情報はこちらです。
Tribe official site -美しい手仕事キリム こちらのブログでユリュック族のキリムが紹介してありましたので興味のあるかたはこちら

 
 
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by katoyasuko | 2012-02-03 18:14 | 働き方

「質問力」を上げる4つの要素

リクルート - 写真素材
(c) ふうみんストックフォト PIXTA



 最近学生さんからキャリアの事について質問を受けることがあります。話を聞いたりOB訪問をするのであれば、より良い効果を上げてもらいたい。私は職業上、年がら年中人に取材という形で質問をしているので、私の経験からどうやって質問すれば良い結果を生み出せるのかというのを考えてみます。

1、具体的な質問を考える
 話を聞いてみたいと思った時点で、実は具体的な質問は想定できていないものです。具体的に質問をきちんと考えること。これは当たり前の様で、一番重要です。そこで以下のプロセスが必要です。

2、相手の事を調べる
 今は一般の人でも、何に興味があるかとか、どういった経歴かとか、結構なことが分かります。相手の事が分からなければ、的外れな質問になってしまいます。例えば、聞きたいのは自分のキャリアや進路のことであっても、人によって何が聞き出せるか、何を聞けば面白いかは違ってくるはずです。

3、どの聞き方がベストか熟考する
 自分の思っていることや、聞きたいことを伝えるのは、意外にも難しいものです。一番自分の欲しい答えを得るためには、どの聞き方が一番いいのか?質問を書き出しながら、客観的によく考えてみましょう。そうすると、調整すべき質問が出てくるはずです。

4、自分の立場や状況を相手に伝える
 話し手も、相手の立場や聞きたいことによって話す事が違うはずです。例えば経済誌と若者向けのファッション紙では、インタビューを受ける人も話す内容が違ってくるはずです。大学生か、社会人かでも違うと思います。そこで自分の立場や状況を伝えるのが重要になってきます。どういう興味があって、どういう人間で、何を聞く為に質問しているのか、メールなどで事前に伝えておきましょう。

 質問するまでが結構手間だなと思うかもしれません。そうなんです。実は取材の前が一番大変です。しかし、取材依頼(質問依頼)を出した時点で、相手もどれだけ本気なのかが分かります。話し手のほうは、それを見てインタビューの用意をしてくるので、手を抜けば相手も手を抜いてくるのです。

 もちろんもっとカジュアルに話すという場合も多いと思いますが、ポイントを頭においておくと、きっと質問の仕方は違ってくると思いますよ。学生さんだけでなく、社会人のかたも役立つのではないでしょうか。

 皆さん頑張ってくださいね〜。
 

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by katoyasuko | 2012-01-27 12:41 | 働き方

私がブログを書く理由


イケダハヤトさんが、ここでブログを書く理由を紹介されていました。私はブログ新参者ですが、私もここにブログをやっている理由を書いてみたいと思います。

自分の活動を知ってもらいたい


 今はシリコンバレーでフリーでジャーナリスト、リサーチャー、コーディネーターとして仕事をしています。非常に楽しいので、これは自分に適した仕事だ!と勝手に思い込んでいます。しかし、ジャーナリストやリサーチャーで私と同じような能力の人は結構いると思うのですよ。英語ができて、文章が書けるという。なのでボーっとしていると、忘れられてしまいます。ましてや遠く離れた海外におりますし。好きな仕事を続けていきたいので、皆さんとコミュニケーションをとるという意味でやっています。

英語の記事を簡単に紹介したい

 じゃあ私に何が書けるのか?と考えたとき、やはりせっかく英語ができるようになったので、英語のニュースをできるだけ簡単に伝えたいと思いました。20歳を過ぎて英語を勉強し始めたので、英語ができないフラストレーションは嫌というほど感じてきました。記事を1本読むのにたくさん辞書を引いても、ぼんやりとしか内容が分からない…というイライラです。

 今は幸いに英語ができるようになったので、英語で私が面白いなーと思ったものを、なるべくストレス無く、3分くらいで読んでもらえるように、カジュアルな文体で書いています。今は英語のニュースの日本語翻訳も多いですので、私のブログもそれを補填するようなものになればいいなと思っています。

書いてみたメリット

 すごくたくさんあるのですが、Twitterやブログを通して同じ興味のある人と繋がりができたのは大きいです。それも、ブログを見てコンタクトをして下さった方もいて、何かをアウトプットというのは想像している以上にパワーがあると感じています。

 もう一つは、カジュアルにブログを書く行為も、メリットを生み出しているようです。今までは雑誌の媒体にあわせて硬い文章からネット用の少しだけ砕けたものまでを書いていました。でもそれも媒体の雰囲気に合わせて書くというのが基本です。特に私は硬めの媒体で書くことが多かったです。ここまで自分のパーソナリティーを反映することはまずありません。なので、知人や私のことを個人的に知らない人も、ブログを見て私のことを知って頂けているようです。ありがたい、ありがたい。

 それから、海外でフリーとして働いているので、将来海外で働きたいという若いかたがツイッターをフォローしてくださっているようで…。今後そういったかたに役立つ情報やアドバイスが書けたらいいなと思っています。

 というわけでこんな感じでした。皆さんよい週末を!


 
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by katoyasuko | 2012-01-13 09:40 | 働き方

「失業する前に知っておきたかった5つのこと」


Forbesの翻訳記事です。原文を読みたい人はこちらを。
 
「失業する前に知っておきたかった5つのこと」

By アメリカの1400万人の失業者の一人、 Employee Zero
編集=Kelly Phillips Erb


 私の2011年は、大きな希望と共に始まりました。人生を捧げられるような、大好きな仕事をしていました。長い時間働き、バケーションも取らず、ホリデーも休めない、そんな犠牲も払ってきたのです。40代になってやっと自分の夢に気づき、そこに根をおろしていけるんじゃないかとも思い始めていました。

 しかしその年の終わりに、自分の将来は真っ暗になりました。世間の人は私のことを無能で、怠惰で、未熟な人間だと言い始めました。どうしてそうなったのか?

 私は9月にレイオフされました。失業者になって突然、周りは私を今までの様には見てくれなくなりました。その代わり、私は世間で問題だとされている、1400万人の失業者の一人という位置づけになりました。私は3ヶ月前と同じスキルがあり、野心的で、優しくて好奇心の旺盛な自分から変わってはいません。でも、周りの人は、私は監視とドラッグテストの必要があり、何もしないで失業保険を貰いたい失業者の一人として見るようになってしまいました。

 私が今まで培ってきたスキルと経験はどうなのかって?それは全く価値がありませんでした。ある人は溶接を学べとか、フォークリフトの練習をしろとか、ソフトウェアのディベロッパーになるためのクラスをとれとか、とにかく今日雇用主が必要だと言うスキルを身につけろと言われ続けました。そんなの明日にはどうなっているか分からないのに。

 これを読んでいる人が、解雇されないことを願っています。でも、私が失業してからはじめて気づいたことについてお話しさせてください。

1、下を見続けることは、思うほど簡単ではない。
 失業から3ヶ月、私は給料、福利厚生、雇用主からの礼儀正しさにおいてさえ、自分の期待を下げ続けました。世間では、失業者は潤沢な失業保険のせいで安い給料を受け入れないのだと言われています。でも現実には、過去の給料履歴がわずかでも求人条件より良いものならば、雇用主は求職者の働く意思を疑ってかかります。

 私は面接の時に何度も給料の質問を避けて通るよう試みてきました。でも雇用主は今、給料に期待を持っているような人を全て避けたいとさえ考えているように感じるのです。

2、生活経費と贅沢品は時として紙一重である
 失業者は、贅沢を謳歌するべき人達ではないということは分かっています。ケーブルテレビとか、新しい冷蔵庫といったようなようなものです。でも、贅沢をカットするのが簡単なものもあれば、そうでないものもあるのです。例えば車は面接に行く為に必要です。インターネットも仕事を探すための必需品です。でも、クリアでは無いものもあるんです。私がレイオフされてから2週間後、飼い猫が足を怪我してしまいました。2回の検診で、200ドル以上掛かってしまいました。5年以上飼っている私のペットは、今や贅沢品とさえ思えます。でも、彼らがいない生活というのは、考えもつかないんです。私には子供がいなくて、本当によかったと思っています。でも、もし子供が病気に掛かっているときに、お金が理由で病院に行けないとしたら?そうしたものに答えを見つけるのは非常に難しいです。

3、存在感を失い、意見を求められないことに慣れる

 仕事で失ったのは、給料だけではありません。私は、人から意見を求められないことに寂しさを感じています。私はかつて職場で意思決定をする立場にありました。でも失業すれば、誰もあなたが何を考えているかなんて気にしないのです。失業すれば突然、同じニーズ、経験、スキルレベルを持つ、「失業者」という顔のないグループの一部になるのです。

 私の住んでいる州でも「履歴書の作り方」なんて講座を開いています。それは失業の問題を解消するはずがないのに。たまにメディアでも1400万人の失業者の声を聞くことがあります。でももちろん多くの人は目立たないように気をつけています。なぜならお前達は失業に値する人間だと非難する人達がいるからです。この記事に私の名前を出さない一つの理由も、そうしたことからです。

4、眠れない夜は、朝よりもずっと辛い


 朝早く目を覚ますことは簡単です。でも、眠りにつくこと。これが難しい。私はレイオフされてから、これまで以上に自分を忙しくしています。職探しをすることは、朝会社に行く事よりもずっと大変です。毎日履歴書を作って、電話を掛け、質問に答え、手がかりをつかむためにコネをつくる。そして連絡を待ちます。雇われるまでもうちょっとだと思っても、何にも連絡が来ずにメールを待ち続けたりするのです。こうした職探しをするいいところは、もう二度とフルタイムの仕事に戻れないんじゃないかという考えから気持ちをそらしてくれることです。やみくもなパニックに陥る前に、私はインターネットに向かってまた新たな職を探し、履歴書を送ります。それが例え真夜中だったとしても。

5、一番の支えは家族や友人の優しさ


 私をこの失業の辛さから救っているのは、何より私を信じている人達からの強いサポートです。彼らは私に職を見つけては「アプライしてみなよ」と言ってくれたり、「調子どう?」と聞いて、気遣ってくれます。私が落ち込んでどん底にいる時も、私は1400万人の失業者の1人ではなく、世の中に何かを与えることの出来る人だというのをいつも伝えてくれるのです。

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終わり。
私もこの仕事が大好きだから、突然何かの理由で仕事ができなくなったら悲しいです。「忙しい」って言いたくなるのって、忙しい=人から必要とされていることを確認して安心したい からですよね。誰でも人から必要とされてないという状況が、一番辛い。でも最後にあるように、最終的には仕事を抜きにしても、支えてくれる家族や友人がいるかどうかですね。


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by katoyasuko | 2011-12-23 09:58 | 働き方

シェリル・サンドバーグに学ぶ「女性の自信の無さと仕事の関係」


 数ヶ月前、幸運にもフェイスブックのCOO、シェリル・サンドバーグに取材できる機会が巡ってきました。シェリル・サンドバーグってどれぐらいの人が知っているのでしょうか?アメリカでは、最も有名なビジネスウーマンの1人で、シリコンバレーで知らない人は、あまりいないんじゃ無いかな。
 
 眩しいほど凄い経歴の人で、バーバードを出たあと、世界銀行でローレンス・サマーズ財務長官のもとで働き、そのあとGoogleでAdWordsやAdSenseに貢献。今はフェイスブックのマークザッカーバーグの右腕として会社の2番手を勤めています。フォーブスで世界で最も影響力のある女性5位に選ばれている、本当のスーパーウーマンです。

 でもね、実際に会うと、本当にチャーミングな人なんですよ。タフなデキル女性みたいなイメージが強かったんだけど、美人で、スマートかつ気遣いができる優しいチャーミングな人。にこにこしていて、「私はニューヨーク出身で早口だから、分からなかったらすぐ聞いてね。」なんて言って、場を和ませる力がすごいんです。会ったあと、ますます好きになってしまいました。

 取材前、リサーチをしている時に彼女がTEDで喋った動画と出会ったのですけど、コレがすっごく良かったのです。経歴の華々しい彼女に学ぶなんて、恐縮な気もしてしまうのですが、女性の働き方の本質を突いてる気がするんです。

 彼女が話しているのは「何故女性のリーダーが少ないのか」というテーマなんですけど、その中で女性の自信のなさと仕事の関係にすごく納得しました。引用するとこんな感じ。

 ”女性は自分の能力を男性よりも低く見積もってしまうのです。
男性は出世は自身が勝ち得たものだと思うのに対し、女性は外的要因に理由を求めるのです。
男性に何故上手くやっているのかと聞くと、彼らの答えは
「俺がイケてるからだよ。そりゃそうだよ。何故そんなことを訊くの?」と言うんです。
女性に同じ質問をすると、
「誰かが助けてくれた」とか、「幸運だった」、「とても頑張った」などと言います。
何故これが重要なのか?とても重要なことです。
交渉を行わずに役員室に入る人などいるはず無いのですから。同様に成功すると確信していない人や自身の成功が何か理解していない人が出世するということもありません。"


(TEDの講演。日本語字幕がついてるものがインベッドできなかった。日本語字幕は是非こちらを見てね!)

 彼女のようなハイプロファイルな人達ではなくても、これって私たちの周りでもよく見ませんか!?「私は会社の重要ポジションに付けられた」とか「私は会社で凄く評価されている」って口に出せるのは大抵男性なんですが(すみません悪い事ではないし、すごく謙虚な人も多いですが)、どうでしょう?一方で、大学の頃からこの子は凄くできるなと思っていた友人女性って、そういうことをあまり口にしないで「ポジションがたまたま空いてラッキーだった」とか、「楽しく働かせてもらって恵まれてる」くらいしか言わないのです。これは自信の度合いが結構関係しているのではないかと。

 テッククランチでも同じような事を言っている記事(リンクはここ)がありました。本の著者インタビューなのですが、著者は「控えめ(謙虚)であるなかれ」というメッセージで本を書いています。彼女自身も女性なのですが、テッククランチではこう続きます。

 ”このメッセージはとくに、ヒスパニックの女性に向けられている。Rudan(著者)によると、彼女らは日常、あまりにも謙虚なので、シリコンバレーのような競争の 激しい環境では成功できない。”世界各地の文化の中には、ていねいさや礼儀正しさをあまりにも重んじすぎるものがある”、と著者は言い、とくにこれからの 女性は、自分が”目立つこと”のために、勇猛果敢、徹底的に頑張れ、とアドバイスした。”

 ホーウ。似ていますよね。でもね、自信を持つことって凄く難しいですよね。私はよく仕事で●●の権威とか、スタンフォードの名誉教授とか、そういう人にインタビューすることが多いのですが、なんとなくやっと29歳になった自分が出て行くことが申し訳ない気分になることが多いんです。「私なんかがインタビューに来ちゃってすみません」という気持ちがいつもどこかにある。私の見た目がおじさんだったら100倍気が楽なんだけどなー。と思うこと多数です。

 実際に会社で働いていた時、偉い人にインタビューに行くとき先輩に「時間があれば一緒に行きましょうよ〜」とか言って、できれば少しでも自分より年上の人を連れて行きたくなっていました。それから取材に行くとき、一人ではなくて年上のカメラマンさんなんかが一緒にいてくれると、「コレで私も一人前に見られるから大丈夫だ」なんて思っているわけです。

 しかしシェリル姉さん(あえてこう呼びます)も、本の著者のRudanも、謙虚すぎると自分のポテンシャルを自分で潰してしまうと言っています。別にリーダーになるという崇高な目標を掲げているわけじゃないですが、自信なさげにしているのは駄目なんですよねー。まぁそう簡単に克服できる問題ではないですが、とりあえずオドオドしているのは辞めようと思います。
自信つけるどー!

 

 
 
 
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by katoyasuko | 2011-12-18 07:08 | 働き方

若者はどこへ行くーアメリカの若者は移住を計画

 投資週刊誌バロンズのオンライン版で「The Great Escape」(若者たちの大脱走)という記事が出ており、すごく興味深く読みました。日本のWSJでも公開されていたのですが、有料会員のみの記事なので、もし英語でも読みたい人はこちらを読んでみてください

 アメリカの経済が低迷する中で、アメリカの若者たちがよりよい機会を求めて、海外へ移住を希望する人が増えているというのです。調査会社、American Waveが行った調べによると、2005年から2007年の間で、移住を計画していると回答した人は、平均で1.4%。その後2009年の金融危機後に行った調査では、移住を計画している人は0.8%まで下落しました。筆者は、この時期アメリカ人はリスクをとらず、保守的な姿勢をとる人が増えた結果だろうと分析しています。そして2011年、移住を計画している人は2.5%にまで上昇しました。

 筆者によると数字を押し上げる要因になったのが、25歳から34歳までの年齢グループで。5.1%が移住を計画していると答えています。この層は、アジア、ラテンアメリカなどへ興味を示していて、仕事とエキサイティングなことを見つけられるのであれば、どこへでも行くという姿勢だったそうです。また、今崖っぷちのヨーロッパにはあまり興味がないと答えています。ちなみに18歳から24歳のグループですが、まだ学校に通っていたり、大学を卒業したものの景気の低迷で仕事を見つけられなかったりと、まだ意気消沈している状態。移住の計画を立てられる状況ではないと解説しています。ただこのグループも、移住に興味はあるという結果がでています。

 「アメリカンドリーム」はもう消えたと言われて久しいですが、やはり瞬発力のある若い層から移住を選択肢に加えています。今までの流れとして、アメリカへの移民の数が下落していることは様々なメディアで指摘されていました。私自身も2009年だったか、移民が減っており、アメリカがその輝きを失いつつある…という記事を書いたことがあります。長い間、有能な人材を集めることができていたアメリカでしたが、その求心力はどんどん弱くなってきています。

 さて、この記事の筆者は66歳だそうで、最後のまとめとしてこんなことを書いています。「私たちの世代は、負債という大変な重荷を次の世代に残してしまった。もちろん若い人たちはニュースを読んで、大きな債務があるということに気づいている。しかし、もし彼らが望めば、アメリカを世界経済で成功に導くために手助けをしてくれるかもしれない。でももし若者たちが、今後アメリカを助けるのではなく、債務を見捨てて機会を見出すためだけに移住してしまったら?」という風に書いています。

 この問いかけは、日本の状況にも共通するのじゃないかなと思います。今日本では、「若者は内向き志向」という定説が実は間違いだったということが徐々に語られています。詳しい資料はリクルートさんのものとか
My Life After MIT Sloanのブログ
で議論されているので、興味のあるかたは読んでみてください。

 日本人がアジアへの留学するケースも増えているようですし、やはり、若い人がより良い機会を求めて移住するというのは、万国共通のようです。「もっと外を向け!!グローバルで活躍できる人材に!」と叫ばれています。もちろん内需がしぼんでいるので、海外で富を生み出して、日本に恩恵をもたらしてくれる人の育成は欠かせません。しかし海外に行った後、そこが魅力的な場所であれば、日本に背を向けてしまう人が増えるということも考えられるのです。

 日本ではグローバルな人材が働きたいと思うような環境はまだまだ整っていないように思います。My Life After MIT Sloanのブログでおしゃっている通り、留学した人たちは、日本の就職活動のシステムの中で不利に立たされることが多いです。

 また、恵まれた環境からシリコンバレーで起業したいという若い日本人も増えているようです。シリコンバレーで起業すれば、最初から世界を見据えて展開するわけですし、素晴らしいことです。しかしながら本来なら、日本でもグローバルなサービスや技術を生み出すような起業家が生まれるよう、環境を整えてあげるのが理想だと思います。今のところ日本では失敗した人に対して非常に厳しい風潮があるので、起業するのもこちらのようにいかないようです。

 「内向き」とか「元気がない」とか何かと叩かれることの多い若い世代ですが、Great Escapeの筆者が言っているように、国債や年金を見捨てて移住してしまう可能性だってあるわけです。アメリカの若者は、すでに移住という選択肢を考えはじめています。日本が優秀なグローバル人材をひきつける求心力を持つことも、今後の課題になるんじゃないでしょうか。
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by katoyasuko | 2011-12-06 09:47 | 働き方

私がアメリカに来たワケ

アメリカ在住ですので、特に日本のかたから「何でアメリカに来たの?」とよく聞かれます。私は今流行りの「ノマドワーカー」ですし、海外で働きたい人や、日本で会社を辞めようと思っている人もいると思います。自分のことなんて何かナァとは考えましたが、参考になればと思い、私がアメリカに来たワケを書いてみたいと思います。

-学生時代-
小さい頃は本とともに生活し、中学・高校生の頃からは本に加えて雑誌の世界にものめり込んでいました。とはいえ、おこずかいも少なく、何冊も雑誌を買えないので、本屋さんに足を運んでは、雑誌を立ち読みしていました。今でも本屋のにおいが大好きです。大学に入ってすぐ、サークルの先輩が出版社でアルバイトをしていることを知りました。しかし先輩が働いているのは、あまり自分の興味のない雑誌。同じ出版社で私が好きな媒体を選んで、編集部にアルバイトを募集していないか電話してみました。ちょうどアルバイト採用の時期だったので、履歴書を送り、面接をしてもらったら採用。初めて出版社というところに足を踏み入れて、非常にドキドキしました。後で知ったことですが、ほぼ紹介制のバイトなので落ちることなどない、ゆるい面接だったそうです。というわけで、憧れの出版社でアルバイトできる…という素敵な展望が見えてきました。

-アルバイト時代。楽しい仕事と払拭できない思い-
結果から言うと、出版社でのアルバイトは非常に楽しいものでありました。とは言っても入ったときは18歳の高校を出たばかりの学生ですので、最初にやったのは電話の取り方の練習でした。「はい、●●編集部です」というだけなのに、非常に緊張したことを覚えています。そこからお使いに行ったり、撮影のための物品を運搬をしたり、たまにリサーチを手伝ったり…と何も知らない学生なのに、色々なことを経験させて貰えました。そして、実際編集部の現場を横から眺めているのも非常に刺激的で楽しかった。色んな人が出入りをしたり、ミーティングで様々なことが決まっていく様子は、想像していた通り非常にクリエイティブでした。それと同時に、思ったよりもかなり地味で地道な作業だということも分かりました。手元で開けばとても華やかなだけの雑誌ですが、校正さんが必死で文字をチェックしたり、どんどん刷り上っていく見本ページをまとめてみたりとクリエイティブなのはほんの一面でしかないことを学びました。しかし、総合しても、かなり楽しい仕事だという結論に至りました。

大学で進路を決めたり就職活動を始めるのはあっという間です。2年生のときから考え始め、3年生で就活体制に入っていきます。出版社で働きたいという希望があったのですが、私が学生の頃は就職氷河期。今考えれば、現在の状況よりはマシですね。それでも、私のアルバイトをしていた出版社もひどいときは雇用凍結。雇っても東大と京大から1人ずつという状況です。これでは完全に撃沈です。宝くじを当てるよりも難しい。そんなことに自分の将来を託すのか?それとも色んなところを受けて、自分の適性ではない仕事をしてみるのもひとつの選択なのか?と迷いました。

もうひとつ、就職活動を頑張れない理由がありました。出版社での仕事は非常に楽しそうに写りましたが、ではこの環境で仕事をしたいですかと聞かれると、イエスとは言えないと考えたからです。20歳の私が悶々と考えていたのは、「何でこんなに遅くまで働いているんだろう?」「いつ家族とご飯食べてるんだろう?」「プライベートっていつなんだろう?」「働いている人がいつもものすごく疲れているように見える」ということです。なんて情けない若者よと思うかもしれません。しかし、私は仕事が嫌いではありません。むしろ好きです。仕事の内容でなく、環境に違和感を感じでいました。

大学に入ってから、なんとなく生きていくこと、というかこの先仕事をすることに閉塞感や息苦しさを感じるようになっていました。「生きていくっていうのは、我慢していくっていうことだよ」と暗にいつも言われているような気がしていました。たまたま親戚がアメリカにいたのもあって、アルバイトのお金をためてアメリカに旅行に行ってみることにしました。一度目は親戚があれこれと世話してくれたので、旅行気分だったのですが、非常に心が開放的になったのを覚えています。じゃあ今度はニューヨークで短期間生活してみたい。そう思い、アルバイトに明け暮れ、2ヶ月ほど夏休みにニューヨークに行きました。やはり、想像していた以上の開放感。私が住みたい環境はこれだと思いました。

しかし海外を目指したところで仕事はどうするのか?就活は?アメリカで働きたいと思っていましたが、今思うと具体的なプランがあったというわけではありません。しかし出版社のアルバイト時代に、海外に住んでいるライターさんは意外と多く、需要もありそうだと考えていました。また、ライターになりたいのであれば、英語がえきればリサーチやインタビューの幅もかなり広がるということも魅力的でした。そこで就活はせずに、アメリカでもう一度学生をし、アメリカで働くことを目指すことにしました。そこから大学にもう一度2年間通い、インターンなどをしながら運よく就職することになりました。その後フリーになり、ニューヨークからカリフォルニアまで引っ越しを経験しています。

アメリカでの学生時代、就職、フリーになることなど、そこからも色々あるのですが、長くなるので今回はひとまず私がアメリカに来たワケだけを書くことにします。学生の頃は、ものすごく無謀な挑戦のように思えましたが、行きたいという希望ですべて押し切ったようなものです。

-得られたもの-

●希望の出版の仕事をすることができたことです。日本で学生だったとき就活していたらどうなっていたかよく分かりませんが、アメリカに住むこと、アメリカで働くこと、出版の仕事をすることが目標だった私は、ひとまずそれをすべてクリアすることができました。

●英語で仕事ができるようになったことも大きいです。私もまったく英語ができない学生でしたので、英語の習得方法についてはまた別で書きたいと思います。今はリサーチやインタビューが英語でできますので、視野が広がったことは言うまでもありません。インタビューしている人はIT関係の経営者、大学教授、アナリスト、エンジニアなど色々です。シリコンバレーに来てからは、IT企業を運営する著名人や、この地域にあるスタンフォードやバークレーの教授にインタビューさせてもらえる機会が多いです。インタビューをさせてもらう人のなかで、壮大なビジョンとそれを実行する実力を持っているひとに出くわし、衝撃を受けることがあります。そんな時は自分がちっぽけに感じます。しかしそういった事も刺激的で、考え方やものの見方を豊かにしてくれます。

●フリーになってからのことですが、「もっと自由に考えていい」ということを学びました。父親が銀行員で、フツーのサラリーマン家庭で育った私は、自分がこういう風に働くなんて、考えもしていませんでした。簡単に言うと、今は一年で1ヶ月×2回を日本で過ごし、後はカリフォルニアに住み、そして取材で行くことがあれば出張に行くという生活です。ニューヨークも好きなので、3ヶ月に1度は行くことを目標にしています。日本に滞在する間は、メールや電話で取材できるような案件だけ受けて、仕事をしています。海外生活も6年になり、日本の家族と過ごせる時間って実はそんなに多くないと考えたため、日本にも滞在するようにしています。フリーそしてノマド生活については、また別で書きます。

●学生時代に感じていた「生きていくこと、働くことは、我慢すること」という考えを払拭することができました。今は働くことは楽しい。それだけです。こちらでは、プライベートを大切にしますので、個人の時間もたっぷりあります。しかし、楽しく働くことは短時間働くということではりません。頑張って働けば、自分に返ってくるというのを感じられるので、より仕事に精を出しているという感じです。

●プライベートと仕事のバランスも丁度いいです。こちらでは、ジャーナリストが取材先とご飯を食べたり飲みに行ったりということはまずありません。指定のインタビュー時間で質問をするだけで、インタビュー時間もかなり限られていることが多いです。同僚と飲みに行く文化もあまりありません。一方で、私は日本人の先輩や取引先などと飲みに行くのは好きで楽しみにしています。先輩記者のかたや、様々な業界のかたの話をご飯を食べながら聞くというのは大好きです。しかし、私が学生のとき、毎晩取引先の人と飲んだりしてプライベートがない生活は嫌だなと考えていました。ですので、今はちょうどいいバランスが取れているように思います。

大きなところで、こんなところでしょうか。もちろん、フリーになることで収入が安定しないなどマイナス面もあります。フリー・ノマド生活のことは、また今度紹介したいと思います。それでも、私が日本の大学生に戻ったら、私は間違いなくまた同じ選択をします。つまり、得たもののほうがより大きいです。私の体験を書いたのは、もし同じような事を感じている人がいれば、もっと自由に考えていいと思えるきっかえになればと考えたからです。今は日本でもジャーナリストの佐々木俊尚さんや安藤美冬さんなどがノマドの働き方を色々と提唱してくださっているので、そういうかたの本やブログを読むのもいいと思います。そしてそういった働き方や考え方はフリーの人たちだけでなく、会社員にも当てはまるし、助けになると考えています。
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by katoyasuko | 2011-11-27 14:24 | 働き方

ジャーナリストが学ぶべき、ソーシャルメディアの使い方。

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以前、日経ビジネスの私のコラムに
「記者160万人革命」~フェイスブックで報道が変わる という記事を書きました。

この記事では、フェイスブックとジャーナリズム(報道機関)を軸にしています。
報道機関がフェイスブックを使ってトラフィックを増すことが重要になっていますので、
報道機関は、ファンをつくり、動画や写真の使いながらフェイスブックを活用していかなければ生き残ることができなくなるという内容です。

この記事は4月にパロアルトにあるFacebook本社で行われたミートアップ(というより講義)に基づいて書きました。
記事では軽くしか触れませんでしたが、私はそこで別のことに衝撃を受けたのです。

それはソーシャルメディアが普及した後のジャーナリストはどう振舞うべきかというテーマです。

フェイスブックが言うにはは個人ページをきちんとつくり、自分の記事の紹介はもちろん、
記事のこぼれ話や、自分の気になった記事をそこで紹介するべきだというのです。
もちろん自分の読者が話しかけてきたり、質問を投げかけたりすることもあります。
それに全部とは言わないまでも、読者とのコミュニケーションを忘れるなというアドバイスもありました。

実際にアメリカでは、ニューヨークタイムスの名物記者ニコラス・クリストフや元ニューズウィークの国際版編集長ファリード・ザカリアなど、有名記者は自分のフェイスブックページやツイッターを持ち、
会社の記者という位置づけではなく、個人のジャーナリストとして発信しています。
フェイスブックが紹介している事例が気になる人は、こちらを見てみてください。

私はこれを聞いたとき、かなり衝撃を受けました。
後戻りできないシフトチェンジが起こったと思ったからです。

今まで、記者・ライターは雑誌に名前を載せているだけで許されました。
特に社員記者は、色々と自分のプロフィールを見せなくても、
「●●新聞社の加藤靖子」「●●出版社の加藤靖子」という、
確立されたブランドで働く個人という位置づけでよかったのです。

しかし、ソーシャルメディアが普及してくると、会社のブランド傘下にある自分というのは成り立たなくなっています。
個人として何を考えているのか。どんな活動をしているのかがより重要になってきます。

フェイスブックとしてはユーザーの滞在時間が長くなりますので、
フェイスブックのプロモーションとうがった見方もできます。
しかしこれはフェイスブックだけに限らず、ツイッターでも、Google+でも、
ソーシャルメディアがある限り、この普遍的な事実は変わらないでしょう。

以前知り合いと話しているときに、
「今の若い人は、人が何をやっているかとか、何を考えているか知りたい、
そして自分がやっていることも見てもらいたい欲求がある」

ということを言われたことがあります。
たしかそういう記事も見た記憶があります。

でも、私はそれちょっと理解が違うのではないかと思うのです。
今まで芸能人のゴシップをテレビを見ていたのも、
リアリティーショーで芸能人、一般人の生活をのぞいていたのも同じで、
人の生活、考えていることを知りたいという欲求は昔からあったと思うんです。

そこにソーシャルメディアが現れて、
芸能人や有名人レベルでなくても、個人のことをもっと知ることができるようになった。
そうなると芸能人は昔、「雲の上のひと」というポジションだったのが、
自分たちと同じレベルまで降りてくることになりました。

そこで何が起きたかというと、消費者が下から芸能人、企業、メディアを眺めることがなくなって、
もっと対等な「共感すること」に価値を見出すようになったと思うんです。

記者の話に戻ると、今まで一方的に記事を書いていればよかったのですが、
そうではなくなっている。
もっと読者に寄り添った姿勢が求められるようになったんですね。

もちろん、これは記者にとって簡単なことではありません。
アメリカ人は日本人よりも個人のことをオープンにすることに寛容といわれています。
それでもフェイスブック本社の講義では、

「記者のプライバシーはどのように守ればいいのか?」とか、
「誹謗中傷などのコメントはどれくらいくるのか?」
とかいう質問が飛び交っていました。

会場のなかで、記者として個人名でブログをやったりフェイスブックをやったりしているのは、
半分強くらいなんじゃないかなという印象でした。

私個人のことを考えても、個人で出て行くというのは簡単なことではありません。
それでも、ソーシャルメディアが普及する限り、この流れは不可避だと思っています。

これは記者に限らず、ほとんどの業種の人に言えるのではないでしょうか。
かなり衝撃を受けた事実ではありましたが、きっとこのトレンドも変化を遂げながら定着していくと考えています。
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by katoyasuko | 2011-11-23 04:30 | 働き方

アメリカに来て変わった働き方の概念

私は今、フリーランスという形で働いています。
私自身、「働き方の形」について、数年で考え方がずいぶんと変わりました。
会社に属さない働き方に、本当にポジティブになったのは、ここ半年くらいだと思います。

自分がフリーランスになることに、正直不安がありました。
何せ父親も銀行員という、超サラリーマンでしたし、
今まで会社員で働くことが、普通だと思っていたからです。

でも私のような日本語で記事を書くライターにとって、
このシリコンバレーで「会社員」としてとして働く機会は、あまり多くありません。

それでも、自分がこの仕事が好きだということは分かっていたので、
形にこだわらずに、やればいい。そう思って今に至っています。

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数週間前、新しく広がる「コワーキング」という働き方という記事を日経ビジネスに書きました。
コワーキングとは、フリーランサーやベンチャー企業を立ち上げようとしているような人たちが、
共有して使うオフィススペースのことです。
こういうコワーキングスペースが、今アメリカでは600箇所以上あります。

このトレンドからも分かるように、こちらでは、フリーランスの人や自分で会社を起こしているような人がたくさんいます。
シリコンバレーでは、カフェに座っていれば自分のウェブサービスの解説を熱心にする人に出くわすのが日常茶飯事です。

以前サンフランシスコのコンサル会社Btraxのブランドンさんにお話を伺ったときには、
「大企業がいまだに人気の日本とは違って、こちらでは
チャレンジしたり、次の成功したベンチャーになることのほうがよほどクールなこと」
とお話を聞きました。

本当にそうなんです。
私のお友達、プログラマーのケイティーは、グーグルでグーグル+を開発していたエンジニアだったんですが、
ある日ご飯を食べていると、「もう明日で辞めるわ。」とあっさり次の日やめてしまっていました。

優秀な人が集まる大きな会社で学べることはかけがえのないことです。これは疑いようがありません。
私ももし東京で働いていたら、ずっと会社員だったろうな~と思うんです。

でももしやりたいことが会社でできないことだったら。、やりたいことをやるためには、今ある会社にこだわることはない。そう考える人がとても多いんです。

もちろん子供がいるような人はちょっと話が違います。
会社を去るにしても、ある程度自分の会社でキャッシュフローが見えてきたときに独立するような、
もうちょっと計画性があるキャリアプランを立てていますが。

このテーマを話し出すと、結構長くなってしまうので、
この先で色々とテック系のベンチャーのことや、働き方の変化をまた書いてみたいと思います。
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by katoyasuko | 2011-11-16 08:59 | 働き方

ジャーナリスト加藤靖子のブログです。ニューヨークで日経ビジネス勤務を経て、フリーに。シリコンバレーから、テック情報を書いています。メールはmail@yasukokato.com 。Photo:Takahiko Marumoto
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Profile

加藤靖子。1982年9月11日東京生まれ、九州育ちの29歳。
中央大学在学中から、マガジンハウスの編集部アルバイトに明け暮れる。卒業後米Pace大学に留学。在学中にジャーナリストのアシスタントをしながら、フリーで原稿を書き始める。
卒業後、2007年末から日経BP社ニューヨーク支局勤務。ビジネス・経済誌「日経ビジネス」編集部で、大統領選挙、金融危機、自動車産業の低迷などをレポートし、刺激的な日々を送る。
2011年からサンフランシスコ郊外、シリコンバレーに引越し。フリーになり、「日経ビジネス」「日経デジタルマーケティング」などに記事を寄稿。
最近はすっかりテック系ニュースに目覚め、シリコンバレーでテック系イベントに出席したり、インタビューを行ったりしている。
最近のインタビューは、シェリル・サンドバーグ(Facebook COO)、ナビーン・セバデュライ(Foursquare共同創業者)、ガ・ワン(Smule共同創業者)など。

好きなことは料理、体を動かすこと、友達としゃべること、ファーマーズマーケットに行くこと。
仕事とプライベートをあまり区別せず、楽しく仕事をしています。

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