Pink Tech シリコンバレー

私がアメリカに来たワケ

アメリカ在住ですので、特に日本のかたから「何でアメリカに来たの?」とよく聞かれます。私は今流行りの「ノマドワーカー」ですし、海外で働きたい人や、日本で会社を辞めようと思っている人もいると思います。自分のことなんて何かナァとは考えましたが、参考になればと思い、私がアメリカに来たワケを書いてみたいと思います。

-学生時代-
小さい頃は本とともに生活し、中学・高校生の頃からは本に加えて雑誌の世界にものめり込んでいました。とはいえ、おこずかいも少なく、何冊も雑誌を買えないので、本屋さんに足を運んでは、雑誌を立ち読みしていました。今でも本屋のにおいが大好きです。大学に入ってすぐ、サークルの先輩が出版社でアルバイトをしていることを知りました。しかし先輩が働いているのは、あまり自分の興味のない雑誌。同じ出版社で私が好きな媒体を選んで、編集部にアルバイトを募集していないか電話してみました。ちょうどアルバイト採用の時期だったので、履歴書を送り、面接をしてもらったら採用。初めて出版社というところに足を踏み入れて、非常にドキドキしました。後で知ったことですが、ほぼ紹介制のバイトなので落ちることなどない、ゆるい面接だったそうです。というわけで、憧れの出版社でアルバイトできる…という素敵な展望が見えてきました。

-アルバイト時代。楽しい仕事と払拭できない思い-
結果から言うと、出版社でのアルバイトは非常に楽しいものでありました。とは言っても入ったときは18歳の高校を出たばかりの学生ですので、最初にやったのは電話の取り方の練習でした。「はい、●●編集部です」というだけなのに、非常に緊張したことを覚えています。そこからお使いに行ったり、撮影のための物品を運搬をしたり、たまにリサーチを手伝ったり…と何も知らない学生なのに、色々なことを経験させて貰えました。そして、実際編集部の現場を横から眺めているのも非常に刺激的で楽しかった。色んな人が出入りをしたり、ミーティングで様々なことが決まっていく様子は、想像していた通り非常にクリエイティブでした。それと同時に、思ったよりもかなり地味で地道な作業だということも分かりました。手元で開けばとても華やかなだけの雑誌ですが、校正さんが必死で文字をチェックしたり、どんどん刷り上っていく見本ページをまとめてみたりとクリエイティブなのはほんの一面でしかないことを学びました。しかし、総合しても、かなり楽しい仕事だという結論に至りました。

大学で進路を決めたり就職活動を始めるのはあっという間です。2年生のときから考え始め、3年生で就活体制に入っていきます。出版社で働きたいという希望があったのですが、私が学生の頃は就職氷河期。今考えれば、現在の状況よりはマシですね。それでも、私のアルバイトをしていた出版社もひどいときは雇用凍結。雇っても東大と京大から1人ずつという状況です。これでは完全に撃沈です。宝くじを当てるよりも難しい。そんなことに自分の将来を託すのか?それとも色んなところを受けて、自分の適性ではない仕事をしてみるのもひとつの選択なのか?と迷いました。

もうひとつ、就職活動を頑張れない理由がありました。出版社での仕事は非常に楽しそうに写りましたが、ではこの環境で仕事をしたいですかと聞かれると、イエスとは言えないと考えたからです。20歳の私が悶々と考えていたのは、「何でこんなに遅くまで働いているんだろう?」「いつ家族とご飯食べてるんだろう?」「プライベートっていつなんだろう?」「働いている人がいつもものすごく疲れているように見える」ということです。なんて情けない若者よと思うかもしれません。しかし、私は仕事が嫌いではありません。むしろ好きです。仕事の内容でなく、環境に違和感を感じでいました。

大学に入ってから、なんとなく生きていくこと、というかこの先仕事をすることに閉塞感や息苦しさを感じるようになっていました。「生きていくっていうのは、我慢していくっていうことだよ」と暗にいつも言われているような気がしていました。たまたま親戚がアメリカにいたのもあって、アルバイトのお金をためてアメリカに旅行に行ってみることにしました。一度目は親戚があれこれと世話してくれたので、旅行気分だったのですが、非常に心が開放的になったのを覚えています。じゃあ今度はニューヨークで短期間生活してみたい。そう思い、アルバイトに明け暮れ、2ヶ月ほど夏休みにニューヨークに行きました。やはり、想像していた以上の開放感。私が住みたい環境はこれだと思いました。

しかし海外を目指したところで仕事はどうするのか?就活は?アメリカで働きたいと思っていましたが、今思うと具体的なプランがあったというわけではありません。しかし出版社のアルバイト時代に、海外に住んでいるライターさんは意外と多く、需要もありそうだと考えていました。また、ライターになりたいのであれば、英語がえきればリサーチやインタビューの幅もかなり広がるということも魅力的でした。そこで就活はせずに、アメリカでもう一度学生をし、アメリカで働くことを目指すことにしました。そこから大学にもう一度2年間通い、インターンなどをしながら運よく就職することになりました。その後フリーになり、ニューヨークからカリフォルニアまで引っ越しを経験しています。

アメリカでの学生時代、就職、フリーになることなど、そこからも色々あるのですが、長くなるので今回はひとまず私がアメリカに来たワケだけを書くことにします。学生の頃は、ものすごく無謀な挑戦のように思えましたが、行きたいという希望ですべて押し切ったようなものです。

-得られたもの-

●希望の出版の仕事をすることができたことです。日本で学生だったとき就活していたらどうなっていたかよく分かりませんが、アメリカに住むこと、アメリカで働くこと、出版の仕事をすることが目標だった私は、ひとまずそれをすべてクリアすることができました。

●英語で仕事ができるようになったことも大きいです。私もまったく英語ができない学生でしたので、英語の習得方法についてはまた別で書きたいと思います。今はリサーチやインタビューが英語でできますので、視野が広がったことは言うまでもありません。インタビューしている人はIT関係の経営者、大学教授、アナリスト、エンジニアなど色々です。シリコンバレーに来てからは、IT企業を運営する著名人や、この地域にあるスタンフォードやバークレーの教授にインタビューさせてもらえる機会が多いです。インタビューをさせてもらう人のなかで、壮大なビジョンとそれを実行する実力を持っているひとに出くわし、衝撃を受けることがあります。そんな時は自分がちっぽけに感じます。しかしそういった事も刺激的で、考え方やものの見方を豊かにしてくれます。

●フリーになってからのことですが、「もっと自由に考えていい」ということを学びました。父親が銀行員で、フツーのサラリーマン家庭で育った私は、自分がこういう風に働くなんて、考えもしていませんでした。簡単に言うと、今は一年で1ヶ月×2回を日本で過ごし、後はカリフォルニアに住み、そして取材で行くことがあれば出張に行くという生活です。ニューヨークも好きなので、3ヶ月に1度は行くことを目標にしています。日本に滞在する間は、メールや電話で取材できるような案件だけ受けて、仕事をしています。海外生活も6年になり、日本の家族と過ごせる時間って実はそんなに多くないと考えたため、日本にも滞在するようにしています。フリーそしてノマド生活については、また別で書きます。

●学生時代に感じていた「生きていくこと、働くことは、我慢すること」という考えを払拭することができました。今は働くことは楽しい。それだけです。こちらでは、プライベートを大切にしますので、個人の時間もたっぷりあります。しかし、楽しく働くことは短時間働くということではりません。頑張って働けば、自分に返ってくるというのを感じられるので、より仕事に精を出しているという感じです。

●プライベートと仕事のバランスも丁度いいです。こちらでは、ジャーナリストが取材先とご飯を食べたり飲みに行ったりということはまずありません。指定のインタビュー時間で質問をするだけで、インタビュー時間もかなり限られていることが多いです。同僚と飲みに行く文化もあまりありません。一方で、私は日本人の先輩や取引先などと飲みに行くのは好きで楽しみにしています。先輩記者のかたや、様々な業界のかたの話をご飯を食べながら聞くというのは大好きです。しかし、私が学生のとき、毎晩取引先の人と飲んだりしてプライベートがない生活は嫌だなと考えていました。ですので、今はちょうどいいバランスが取れているように思います。

大きなところで、こんなところでしょうか。もちろん、フリーになることで収入が安定しないなどマイナス面もあります。フリー・ノマド生活のことは、また今度紹介したいと思います。それでも、私が日本の大学生に戻ったら、私は間違いなくまた同じ選択をします。つまり、得たもののほうがより大きいです。私の体験を書いたのは、もし同じような事を感じている人がいれば、もっと自由に考えていいと思えるきっかえになればと考えたからです。今は日本でもジャーナリストの佐々木俊尚さんや安藤美冬さんなどがノマドの働き方を色々と提唱してくださっているので、そういうかたの本やブログを読むのもいいと思います。そしてそういった働き方や考え方はフリーの人たちだけでなく、会社員にも当てはまるし、助けになると考えています。
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by katoyasuko | 2011-11-27 14:24 | 働き方

ジャーナリスト加藤靖子のブログです。ニューヨークで日経ビジネス勤務を経て、フリーに。シリコンバレーから、テック情報を書いています。メールはmail@yasukokato.com 。Photo:Takahiko Marumoto
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Profile

加藤靖子。1982年9月11日東京生まれ、九州育ちの29歳。
中央大学在学中から、マガジンハウスの編集部アルバイトに明け暮れる。卒業後米Pace大学に留学。在学中にジャーナリストのアシスタントをしながら、フリーで原稿を書き始める。
卒業後、2007年末から日経BP社ニューヨーク支局勤務。ビジネス・経済誌「日経ビジネス」編集部で、大統領選挙、金融危機、自動車産業の低迷などをレポートし、刺激的な日々を送る。
2011年からサンフランシスコ郊外、シリコンバレーに引越し。フリーになり、「日経ビジネス」「日経デジタルマーケティング」などに記事を寄稿。
最近はすっかりテック系ニュースに目覚め、シリコンバレーでテック系イベントに出席したり、インタビューを行ったりしている。
最近のインタビューは、シェリル・サンドバーグ(Facebook COO)、ナビーン・セバデュライ(Foursquare共同創業者)、ガ・ワン(Smule共同創業者)など。

好きなことは料理、体を動かすこと、友達としゃべること、ファーマーズマーケットに行くこと。
仕事とプライベートをあまり区別せず、楽しく仕事をしています。

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